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東京高等裁判所 平成5年(行ケ)101号 判決

東京都中野区中野4丁目6番27号

原告

日本キャノン株式会社

代表者代表取締役

佐藤和市

訴訟代理人弁理士

山本秀策

東京都品川区大崎2丁目9番12号

被告

株式会社ポリウレタンエンジニアリング

代表者代表取締役

井上聰一

訴訟代理人弁理士

後藤憲秋

吉田吏規夫

主文

特許庁が、平成4年審判第4602号事件について、平成5年6月10日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第1  当事者の求めた判決

1  原告

主文と同旨

2  被告

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第2  当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

被告は、名称を「多成分合成樹脂混合装置」とし、昭和54年7月31日に出願、平成2年11月19日に設定登録された特許第1586627号発明(以下「本件発明」という。)の特許権者である。

原告は、平成4年3月19日、被告を被請求人として、上記特許につき、これを無効とする旨の審判の請求をした。

特許庁は、同請求を平成4年審判第4602号事件として審理したうえ、平成5年6月10日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年6月28日、原告に送達された。

2  本件発明の要旨

化学的に反応する二種以上の樹脂成分を対向する流入口より混合室内に噴射し各樹脂成分を向流混合せしめる装置であって、

各樹脂成分の流入口および第一次混合樹脂成分のための注出口を有する第一次混合室内に、前記流入口を開口する後退位置と前記注出口先端の前進位置との間を往復動する第一クリーニング部材が嵌挿されているとともに、

前記注出口と連通しかつ第二次混合樹脂成分のための吐出口を有する第二次混合室が設けられていて、該第二次混合室内においては、前記注出口を部分的に開口する後退位置と吐出口先端の前進位置との間を往復動する第二クリーニング部材が嵌挿されていることを特徴とする多成分合成樹脂混合装置。

3  審決の理由

審決は、別添審決書写し記載のとおり、請求人主張の、本件発明は、1976年12月22日発行の英国特許第1459651号明細書(以下「引用例1」といい、これに記載されている発明を、以下「引用例発明1」という。)及び1977年8月23日発行の米国特許第4043486号明細書(以下「引用例2」といい、これに記載されている発明を、以下「引用例発明2」という。)に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとの無効理由につき、これを認めず、したがって、請求人が主張する理由及び提出した証拠方法によっては、本件特許を無効にすることはできないとした。

第3  原告主張の審決取消事由の要点

審決の理由のうち、本件発明の要旨、引用例1及び2の記載事項の認定、引用例発明1と本件発明との対比、混合室内で混合された混合樹脂成分に絞り効果を与えて更に混合攪拌するという課題が引用例1及び2のいずれにも記載されていないことは認め、その余は争う。

審決は、本件出願当時の技術水準及び引用例2の技術内容を誤認して、本件発明が引用例発明1及び2から容易に想到できるものであるのに、その判断を誤り、誤った結論に至ったものであるから、違法として取り消されなければならない。

1  本件出願当時の技術水準の誤認

本件発明の属する技術分野における本件発明の出願当時における技術水準をもってすれば、「混合室内で混合された混合樹脂成分に絞り効果を与えて更に混合攪拌するという課題(目的)」は、当業者にとって周知の課題あるいは目的の一つにすぎない(甲第9~第12号証、第14~第17号証)。

すなわち、一般に、多成分合成樹脂混合装置の技術分野における当業者にとって、合成樹脂混合体の混合攪拌の程度を高めることは自明の課題の一つである。このような課題を達成するために、公知の方法を種々用いて、合成樹脂混合体を攪拌しようとすることは、当業者の日常検討事項にすぎない。

そのような合成樹脂混合体の攪拌の手段として、「絞り効果」を用いることは、例えば、米国特許第4141470号明細書(甲第5号証)、特開昭52-116961号公報(甲第16号証)における制限スライダ18にみられるように、この分野において周知慣用の手段にすぎない。一般に、狭い所を強制的に通過させられる流体に、「絞り効果」が与えられ、それによって乱流が形成され得ることは流体力学の初等的な知識に属する事項である。そのようにして「絞り効果」が混合樹脂成分に与えられれば、混合樹脂成分の混合攪拌の程度が増すことも自明のことである。

にもかかわらず、審決は、上記技術常識を正しく認定しなかった結果、前記課題が実現されるようにピストンのストロークを調整することは、当業者にとって容易であったということはできないとした。

2  引用例2の技術内容の誤認

引用例2には、注出口(16、17)を流れる流体の乱流によって樹脂の混合が促進されることと、プランジャ15(ピストン)が注出口(16、17)を部分的に覆うようにして退行することが記載されており、このようにプランジャ15が注出口の一部を塞ぐことにより、特別の絞り部材を用いずに、注出口(16、17)を流れる流体に対して、プランジャ15の先端部を流体経路の一部において流れの障害物として機能させ、その結果、流体に絞り効果を付与するという技術が開示されている。

なるほど、引用例2には、「混合された樹脂成分」に絞り効果を与える構成は記載されていないが、特別の絞り機構を用いずに、クリーニングピストンのストロークを調整して、開口部を部分的に塞ぐようにピストンの後退位置を定めることによって、流体経路の一部を絞ること、これにより、オリフィスやノズルなどの絞り部材を混合室内に特別に設けずに、これらと同様の効果を得ることが開示されているのであるから、引用例発明1との組合せにおいて、当業者に容易に本件発明を想到せしめるに十分な開示内容を有している。

引用例発明2のプランジャ15は、混合後の混合樹脂を装置の吐出口から、モールドの内部に押し出すという機能を受け持っており、この点において、本件発明の第2クリーニング部材35にも対応しているから、引用例発明2のプランジャ15は、本件発明の第1クリーニング部材20、第2クリーニング部材35の両者を兼ねる部材である。

したがって、引用例2が開示しているストロークの調整及び絞り効果が、引用例発明1の第1クリーニング部材であるピストン3にだけでなく、第2クリーニング部材であるピストン16にも適用することは可能であるから、前記周知の課題あるいは目的を達成するために、引用例2のプランジャ15によるストロークの調整及び絞り効果を引用例1の第2クリーニング部材に適用することは当業者にとって容易に想到しうることは明らかである。

また、仮に、本件発明の「混合室内で混合された混合樹脂成分に絞り効果を与えて更に混合攪拌するという課題」が当業者に認識されていなかったとしても、引用例2には注出口を流れる流体の乱流によって樹脂の混合が促進されることと、ピストンが注出口を部分的に覆うように退行することについて記載されているため、引用例2のこの記載を読んだ当業者は、本件発明の課題とは別に、引用例発明1を改良する動機を得ることになり、このような動機を与えられれば、本件発明は、引用例1及び2記載の発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたと認められる。

審決は、上記の技術常識を正しく認定せず、引用例2に開示された技術事項を誤認した結果、誤った判断に至ったものである。

3  構成の容易性の誤認

本件発明と引用例発明1との相違点は、本件発明の出願当時の技術水準に基づいて判断すれば、当業者が一定の効果を狙って当然に試みる手段にすぎない改良の一つであり、本件発明の構成に困難性がないことが明らかである。

すなわち、引用例発明1におけるピストン16のストロークを変化させれば、結果的に、「混合室内で混合された混合樹脂成分に絞り効果を与えて更に混合攪拌するという課題」が実現されるはずである。もっとも、ストロークの変化調整には、ピストン16が注出口の一部を覆う方向と、又は、その反対の方向の2種類の方向があるが、ストロークの調整が公知の慣用手段である以上、どちらの方向にストロークを調整するかを決定するのは、当業者にとって特に困難なものではない。

なお、引用例発明1には、ピストン16以外にピストン3が設けられているから、ストロークの調整はピストン3にも行なわれうるものであるが、このことは、引用例発明1においてピストン16のストロークを調整することの容易性に影響を与えるものではない。

したがって、引用例2に開示されたストロークの調整を引用例発明1に組み合せることにおいて、いずれの組合せにするかについて、構成の困難性はない。

審決の構成の容易性についての判断は誤りである。

第4  被告の反論の要点

審決の認定判断は正当であり、原告主張の審決取消事由はいずれも理由がない。

1  原告の主張1について

本件発明の出願当時において、「混合室内で混合された混合樹脂成分に絞り効果を与えて更に混合攪拌するという課題」は、本件発明の属する技術分野で周知ではない。

上記課題は、(1)混合室という区画された空間内で混合された混合樹脂成分であること、(2)前記混合樹脂成分に絞り効果を与えること、すなわち、前記混合室で混合されたものに対して、絞り効果を与えること、(3)絞り効果によって更に混合攪拌すること、すなわち、第2段階の混合攪拌過程があること、の3つの技術事項すべてを備えた課題であるから、周知であることの立証としては、上記の3つの技術事項すべてを備えた課題が周知であることを立証しなければならない。

そしてまた、本件発明は、「化学的に反応する二種以上の樹脂成分を混合する装置、特にはポリウレタン樹脂のための混合装置に関する」(甲第2号証1欄19~21行)ものであるから、その属する技術分野は、「プラスチックの加工」(塑性加工)における「混合」技術であって、国際特許分類(IPC)ではB29Bに属し、上記課題は、この技術分野に係るものでなくてはならない。同じ「混合」に関連して、「物理的または化学的方法または装置一般」(特に化学工学)としての「混合」技術があるが、これは、国際特許分類ではB01Fに属し、本件発明とは技術分野を異にする。

原告が周知であることの根拠として挙げる各文献(甲第9~第12号証、甲第14~第16号証)は、いずれも、上記技術分野における上記課題を立証するものとしては不十分である。

「ポリウレタン樹脂」(甲第9号証)には、単に混合が重要な問題であると記載されているだけである。

「新版化学機械の理論と計算」(甲第10号証)には、化学機械一般における混合機が記載されており、「基礎化学工学」(甲第11号証)には、化学工学一般における流動攪拌に関する記載があるが、いずれも本件発明の属する技術分野である「プラスチックの加工」における「混合」技術とは異なる技術分野である「物理的または化学的方法または装置一般」としての「混合」について述べているにすぎないばかりか、上記課題は記載されていない。

特開昭46-1536号公報(甲第14号証)及び特開昭50-128262号公報(甲第15号証)には、いずれも単一の混合室内における絞り加工技術が記載されているだけで、上記課題の技術事項(1)及び(3)が記載されていない。

特開昭52-116961号公報(甲第16号証)も、また、連続する単一の混合室に係るものであって、上記課題の技術事項(1)が記載されていないし、米国特許第4115299号明細書(甲第17号証)には、上記課題の技術事項(2)及び(3)が記載されていない。

以上のとおり、本件発明の課題が周知であるとの原告の主張は誤りである。

2  原告の主張2及び3について

本件発明にあっては、二種以上の樹脂成分は、第一次混合室において混合され、第一次混合樹脂成分に生成され、この混合された第一次樹脂成分が、部分的に開口された注出口より第二次混合室に絞り注出されることによって、さらに混合攪拌されて、第二次混合樹脂成分に生成されるのである。

これに対して、引用例発明1及び2にあっては、いずれも、二種以上の樹脂成分は混合室において混合して混合樹脂成分に生成されるのみであり、引用例1及び2には、この後、当該混合樹脂成分をさらに混合して、第二次混合樹脂成分に生成するということは、全く記載されておらず、また、これを示唆するような記載もない。

したがって、審決の認定判断に誤りはなく、原告の主張は明らかに理由がない。

第5  証拠関係

証拠関係は記録中の証拠目録の記載を引用する。書証の成立についてはいずれも当事者間に争いがない。

第6  当裁判所の判断

1  原告の主張1(本件出願当時の技術水準の誤認)について

本件発明と引用例発明1との相違点は、審決認定のとおり、「第二クリーニング部材が、本件特許発明は、第二混合室内において、注出口を部分的に開口する後退位置と吐出口先端の前進位置との間を往復動するのに対し、甲第1号証記載の発明(注、引用例発明1)は、緩和室内において、注出口を開放する後退位置と吐出口先端の前進位置との間を往復動する点」(審決書7頁10~15行)にあり、その余は一致している(同号証6頁9行~7頁9行)こと、この相違点に係る本件発明の構成が、「混合室内で混合された混合樹脂成分に絞り効果を与えて更に混合攪拌するという課題と対応したものである」(同9頁1~4行)ことは、当事者間に争いがない。

ここでいう「絞り効果」とは、本件明細書(甲第2号証の)「第一次混合樹脂成分に絞り効果を付与して第二次混合室30内に噴出せしめるための注出口31の開き位置は、クリーニングピストン35のピストンロツドに設けたストツパ41の位置によつて規制、制御することが可能である。この注出口31より第二次混合室30内に噴出された樹脂成分は、その絞り効果によつてさらに乱流効果が付与されて混合効率が高められる。」(同号証5欄34~41行)との記載によれば、「現代の化学技術では工業上最も広範囲に適用されている操作」(昭和45年6月5日第4版発行、山口巌著「混合および攪拌」・甲第12号証1頁左欄4~5行)の一つである混合・攪拌の効果として、一般的に認識されていると認められる「混合効果を上げるためにベンド、バルブや種々の形の邪魔板ないしはオリフィスを設けて流れの乱れを強化し、分散混合を促進する」(同号証62頁左欄下から10~8行)ことと同じ効果と解される。

本件発明の出願当時、上記課題が本件発明の属する技術分野において周知の課題であったかどうかについて、特開昭46~1536号公報(甲第14号証)には、二種以上の樹脂成分を混合するためであって、個々の樹脂成分のための流入口と混合物のための流出口とを有する混合室、流入口を開放する位置と遮断する位置とを往復するピストンを備えた装置において、混合物流内に堰体38を調整深さだけ突入させることにより、混合圧力を調整できる装置が記載されていることが認められ(同号証特許請求の範囲の記載、17欄8~17行)、この装置の上記構造によると、流入口から流入し混合された樹脂成分に対して、混合物流内に突入させた堰体が絞り効果を付与することになり、堰体の後方に物流の乱れが生じ、更に混合攪拌が起こると認められ、堰体がないものと比べると混合効果を増加することが認められる。

また、特開昭50-128262号公報(甲第15号証)には、2種の樹脂成分を噴射するための噴射オリフィス9、10が開口する混合室に送入可能な押出しピストン17が設けられた混合装置が開示され(同号証特許請求の範囲、第1図)、これにつき、「この発明の課題は、申し分のない成形品を製造することができる装置、言い換るならば未混合成分残査または気泡により欠陥箇所のない成形品を製造できる装置を提供することにある。・・・この課題は、・・・混合室内に走入可能な押出しピストンを配設することにより解決される。・・・環状で押出しピストンを囲繞する流出通路を有するこの小さくされた混合室を形成することにより、最初に極めて強力な成分の完全混合が達成され」(同2頁左上欄19行~右上欄18行)と記載されており、この構成によれば、噴射混合された混合樹脂を押出しピストン17を囲繞する環状通路を通過させることにより、更なる混合攪拌が行われることが示されていると認められる。

さらに、特開昭52-116961号公報(甲第16号証)には、発泡プラスチックを形成する少なくとも2種類の成分を混合するための混合ヘッドの発明が記載され、これにつき、「成分供給パイプ9、10の押込み口7、8が混合チヤンバ4に口を開いている。・・・混合チヤンバ4の出口4に直接、交叉して接続されている案内孔17には絞りスライダ18が摺動できるように導かれ、絞りスライダ18は通路19を備え、・・・調節ねじ24で絞りスライダ18のストロークが変えられる。それぞれ絞りスライダの位置にしたがい通路19の入口と出口の両断面が大きくなつたり小さくなつたりする。」(同号証9欄3行~10欄3行)、「混合チヤンバの圧力の調節の可能性は特に絞りスライダのストロークのセツテイングによつて求められ、このストロークは次のようにセツテイングされる。すなわち、混合チヤンバの排出口、つまり絞りスライダの通路と絞りスライダの案内孔の取り囲んでいる壁との間の貫流断面は変えられる。通路により同時に十分な仕上げ混合が得られる。なぜなら混合チヤンバに対し側方に移された通路へ材料を高い流れ速度で射出し、この流れ速度は強い乱流をひき起し、この場合しかし断面拡大のため流れ速度は即時に低下する。」(同7欄1~12行)と記載されており、これによれば、混合チャンバで混合された混合樹脂成分は、絞りスライダ18の位置に従って貫流断面が変えられることにより生ずる絞り効果によって、通路19で十分な仕上げ混合ができることが開示されているものと認められる。

以上の事実によれば、樹脂成分の混合装置の技術分野において、「混合室内で混合された混合樹脂成分に絞り効果を与えて更に混合攪拌する」という課題は当業者にとって周知の課題であったと認められる。

被告は、上記各公報には、単一の混合室内における絞り加工技術が記載されているにすぎないと主張するが、上記のとおり、特開昭52-116961号公報(甲第16号証)に開示されている装置における通路19は、混合チャンバで混合された混合樹脂成分を、絞りスライダ18の位置を調整することにより貫流断面が変えられることにより与えられる絞り効果によって、更に十分な仕上げ混合を行う装置部分であるとともに、混合樹脂成分を成形型へ送入する通路でもあるから、その名称のいかんにかかわらず、本件発明における第二次の混合を行って、その混合樹脂成分を成形型に送入する通路でもある第二次混合室と実質的に同じ機能を有するものであることは明らかである。すなわち、上記課題は必ずしも、本件発明におけるように、第一次混合室と名付けられた装置部分で混合された混合樹脂成分を、第二次混合室と名付けられた装置部分において絞り効果を与えて更に混合攪拌する構成を採用した場合に限定されるものではないと解されるから、被告の上記主張は採用できない。

以上の本件発明の出願当時における技術水準に照らせば、本件発明の属する技術分野における当業者は、混合室内に噴射され対流混合せしめられた混合樹脂成分に絞り効果を与えて更に混合攪拌するという課題を解決しようとして、引用例発明1に対し、公知の方法を用いて改良する動機は十分にあったと認められる。

これを否定する被告の主張は理由がない。

2  原告の主張2(引用例2の技術内容の誤認)及び同3(構成の容易性の誤認)について

審決認定のとおり、本件発明と引用例発明1とは、「化学的に反応する二種以上の樹脂成分を対向する流入口より混合室内に噴射し各樹脂成分を向流混合せしめる装置であって、各樹脂成分の流入口および混合樹脂成分のための注出口を有する混合室内に、前記流入口を開口する後退位置と前記注出口先端の前進位置との間を往復動する第一クリーニング部材が嵌挿されているとともに、前記注出口と連通しかつ混合樹脂成分のための吐出口を有する室が設けられていて、該室内においては、前記注出口を開口する後退位置と吐出口先端の前進位置との間を往復動する第二クリーニング部材が嵌挿されていることを特徴とする多成分合成樹脂混合装置」である点で一致すること、引用例2に、「化学的に反応する二種以上の樹脂成分を対向する注出口(16、17)より混合室内に噴射し各樹脂成分を混合する混合装置の発明が記載されており、また、注出口(16、17)から混合室へと流体を流れさせたり、その流れを止めたりする調節可能な往復運動プランジャ(15)が混合室内に嵌挿されていることも記載されている」(審決書5頁19行~6頁6行)ことは、当事者間に争いがない。

そして、引用例2(甲第4号証)の注出口16、17は「長方形が好ましい。なぜなら、注出口16、17を覆うプランジャの線形特性をもたらし、液体ジェットの表面積を増加させ、乱流をより引き起こし、それによって、混合が促進されるからである、注出口とプランジャとは、プランジャ15が右側(図1、4点線49)へ十分後退したときに、プランジャ15が長手方向に延びる長方形の注出口16、17のすべてを(部分的に後退するときは、任意の望ましい部分だけを)露出し得る長さになっている。」(同号証3欄31~39行訳文)との記載及び図面第1図によれば、プランジャ15が往復運動する孔14は、混合室であるとともに、混合された樹脂成分を成形型に送入する通路でもあり、かつ、プランジャ15は、十分後退したときに注出口16、17のすべてを覆い、部分的に後退するときは、任意の望ましい部分だけを開口できるものと認められる。

そして、確かに、審決の認定するとおり、「甲第2号証記載の発明(注、引用例発明2)の『注出口』は、本件特許発明における『流入口』に相当するものであって、本件発明における混合樹脂成分に絞り効果を与えるための部分構成としての『注出口』(原文の「吐出口」は、「注出口」の誤記と認める。)に相当するものではない」(審決書9頁6~10行)ことは認められるが、一方、上記認定によれば、引用例2には、混合された樹脂成分を成形型に送入する通路でもある混合室内を往復運動するプランジャが、混合前のものであるとはいえ、樹脂成分の注出口を任意の望ましい部分だけ開口できるように位置せしめること、この装置においては、注出口の形状により、液体ジェットの表面積を増加させ、乱流をより引き起こし、それによって混合が促進されることも開示されていることが認められる。

そうすると、前示のとおり、本件発明の属する技術分野において、混合室内に噴射され対流混合せしめられた混合樹脂成分に絞り効果を与えて更に混合攪拌するという課題が周知の課題であって、この技術分野の当業者は、この課題を解決しようとして、引用例発明1に対し、公知の方法を用いて改良する動機は十分にあったと認められるのであり、かつ、この周知技術を示す文献の一つである特開昭52-116961号公報(甲第16号証)には、本件発明における第二次混合室と実質的に同じ機能を有すると認められるところの、混合樹脂成分を、絞りスライダ18の位置を調整することにより貫流断面が変えられることにより生ずる絞り効果によって、更に十分な仕上げ混合を行う装置部分である通路19が開示されているのであるから、引用例2に「混合された樹脂成分」に絞り効果を与える構成は記載されていなくとも、本件発明の第二クリーニング部材に相当する引用例発明1におけるピストン16のストロークを調整することによって、本件発明の注出口に相当する出口孔を部分的に開口させるという構成に想到することは、容易であったというべきである。

3  以上によると、審決が、引用例1には、本件発明の前示課題に関する記載は全くなされていないこと(審決書9頁4~5行)、引用例発明2の注出口が本件発明の注出口に相当するものではなく、引用例2には本件発明の前示課題が記載されていないこと(同9頁6~11行)のみを理由に、「甲第2号証(注、引用例2)によりピストンのストロークを調整することが公知であるとしても、甲第1号証記載の発明(注、引用例発明1)におけるピストン(16)のストロークを前記課題が実現されるように調整することが当業者にとって容易であったということはできない。」(同9頁12~17行)としたことは、本件発明の出願当時における技術水準との関係で引用例発明1、2を評価することにおいて、なお不十分な点があり、その結果、誤った判断に到ったものといわざるをえないから、審決は、違法として取消しを免れない。

4  よって、原告の本訴請求を認容することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 押切瞳 裁判官 芝田俊文)

平成4年審判第4602号

審決

東京都中野区中野4丁目6番27号

請求人 日本キャノン 株式会社

大阪府大阪市中央区城見1丁目2番27号 クリスタルタワー13階

代理人弁理士 山本秀策

東京都品川区大崎2丁目9番12号

被請求人 株式会社 ボリウレタンエンジニアリング

愛知県名古屋市中区丸の内2丁目18番22号 名古屋三博ビル2階

代理人弁理士 後藤憲秋

愛知県名古屋市中区丸の内2-18-22 名古屋三博ビル2階 後藤憲秋特許事務所

代理人弁理士 吉田吏規夫

上記当事者間の特許第1586627号発明「多成分合成樹脂混合装置」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。

結論

本件審判の請求は、成り立たない。

審判費用は、請求人の負担とする。

理由

Ⅰ. 本件特許第1586627号発明(以下、「本件特許発明」という)は、昭和54年7月31日に特許出願され、平成2年11月19日に設定登録されたものである。

Ⅱ. 特許無効審判においては、請求人適格として利害関係の存在を必要とするところ、被請求人は、平成5年1月14日付け答弁書において、請求人は審判請求の利益、利害関係について何ら述べておらず、本件審判の請求は審判請求の利益のない者によってなされたものであるから不適法であり却下されるべきである旨を主張している。

そこで、まずこの点について検討するに、請求人が平成5年4月9日付け弁駁書において提出した甲第3号証(ポリウレタン成形設備等に関する記載がなされた請求人の名称が付されたパンフレット)、甲第5号証(被通知人の販売する商品が本件特許権の各要件に該当している旨の記載がなされた、被請求人の名称を通知人とし請求人の名称を被通知人とする通知書)からみて、請求人日本キャノン株式会社がミキシングヘッドを扱っていることは明かであり、また、このミキシングヘッドは、本件特許発明と同一の技術分野に属するものであるから、請求人は、本件審判請求について利害関係を有しているということができる。

したがって、本件審判請求は請求人不適格として却下されるべきであるとの被請求人の主張は採用しない。

Ⅲ. よって、次に本件特許発明について、その特許を無効とすべき理由があるかどうかについて判断する。

1. 本件特許発明の要旨

本件特許発明の要旨は、明細書及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲に記載された次のとおりのものと認める。

「化学的に反応する二種以上の樹脂成分を対向する流入口より混合室内に噴射し各樹脂成分を向流混合せしめる装置であって、

各樹脂成分の流入口および第一次混合樹脂成分のための注出口を有する第一次混合室内に、前記流入口を開口する後退位置と前記注出口先端の前進位置との間を往復動する第一クリーニング部材が嵌挿されているとともに、

前記注出口と連通しかつ第二次混合樹脂成分のための吐出口を有する第二次混合室が設けられていて、該第二次混合室内においては、前記注出口を部分的に開口する後退位置と吐出口先端の前進位置との間を往復動する第二クリーニング部材が嵌挿されていることを特徴とする多成分合成樹脂混合装置。」

2. 請求人の主張

これに対し請求人は、甲第1号証(英国特許第1459651号明細書、1976年12月22日発行)及び甲第2号証(米国特許第4043486号明細書、1977年8月23日発行)を提出し、本件特許発明は、甲第1号証及び甲第2号証に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり、本件特許は同法第123条第1項第1号により無効とすべきであると主張している。

3. 甲第1号証及び甲第2号証の記載事項

甲第1証には、化学的に反応する二種以上の樹脂成分を対向する供給用開口部(8、9)より混合室(1)内に噴射し各樹脂成分を向流混合せしめる装置であって、各樹脂成分の供給用開口部(8、9)および混合樹脂成分のための出口孔(5)を有する混合室(1)に、該供給用開口部(8、9)を開口する後退位置と該出口孔(5)先端の前進位置との間を往復動するピストン(3)が嵌挿されているとともに、該出口孔(5)と連通しかつ混合樹脂成分のための吐出口を有する緩和室(12)が設けられていて、該緩和室(12)内においては、該出口孔(5)を開口する後退位置と吐出口先端の前進位置との間を往復動するピストン(16)が嵌挿されている装置の発明が記載されている。

甲第2号証には、化学的に反応する二種以上の樹脂成分を対向する注出口(16、17)より混合室内に噴射し各樹脂成分を混合する混合装置の発明が記載されており、また、注出口(16、17)から混合室へと流体を流れさせたり、その流れを止めたりする調節可能な往復運動プランジャ(15)が混合室内に嵌挿されていることも記載されている。

4. 当審の判断

本件特許発明(前者)と甲第1号証記載の発明(後者)とを対比すると、前者における「流入口」は、後者における「供給用開口部」に、前者における「注出口」は、後者における「出口孔」に、前者における「第一次混合室」は、後者における「混合室」に、前者における「第一クリーニング部材」は、後者における「ピストン(3)」に、前者における「第二クリーニング部材」は、後者における「ピストン(16)」に、夫々対応するから、両者は、「化学的に反応する二種以上の樹脂成分を対向する流入口より混合室内に噴射し各樹脂成分を向流混合せしめる装置であって、各樹脂成分の流入口および混合樹脂成分のための注出口を有する混合室内に、前記流入口を開口する後退位置と前記注出口先端の前進位置との間を往復動する第一クリーニング部材が嵌挿されているとともに、前記注出口と連通しかつ混合樹脂成分のための吐出口を有する室が設けられていて、該室内においては、前記注出口を開口する後退位置と吐出口先端の前進位置との間を往復動する第二クリーニング部材が嵌挿されていることを特徴とする多成分合成樹脂混合装置」である点で一致するが第二クリーニング部材が、本件特許発明は、第二混合室内において、注出口を部分的に開口する後退位置と吐出口先端の前進位置との間を往復動するのに対し、甲第1号証記載の発明は、緩和室内において、注出口を開放する後退位置と吐出口先端の前進位置との間を往復動する点で相違している。

そして、この相違点の構成要件は、甲第2号証記載の発明を適用しても、当業者が容易になしえたことであるとすることはできないし、また、本件特許発明は、この相違点の構成要件を具備することにより、明細書記載の格別な効果を奏するものと認められる。

なお、請求人は、前記相違点に関して、「当業者が日常行う設計事項の範囲内に属すると考えられる。・・・なぜなら、一つの装置内で、ピストン(プランジャ)の往復動を可変に調整することは、当業界では、公知の技術である。この技術が公知であることは、例えば、甲第2号証に記載されていることからも明かである。」、「甲第2号証には、ピストンが開口部を完全に開口したり、部分的に開口したりするように、ストロークアジャスタを用いてピストンのストロークを調整することを教示している。ピストンのストロークを調整するという技術的思想は、ピストンを有する装置に幅広く適用可能なものである。この教示を考慮すれば、当業者が、甲第1号証記載の装置における「ピストン」のストロークを調節しえるように改良することは、本件出願当時容易なことであったといえる。」と主張している。そこで、前記相違点に関する請求人の主張について検討すると、本件特許発明の前記相違点の構成要件は、混合室内で混合された混合樹脂成分に絞り効果を与えて更に混合攪拌するという課題と対応したものであると判断されるところ、甲第1号証には、そのような課題に関する記載は全くなされていない。また、甲第2号証記載の発明における「注出口」は、本件特許発明における「流入口」に相当するものであって、本件特許発明における混合樹脂成分に絞り効果を与えるための部分構成としての「吐出口」に相当するものではないので、甲第2号証にも前記課題は記載されているとはいえない。してみれば、甲第2号証によりピストンのストロークを調整することが公知であるとしても、甲第1号証記載の発明におけるピストン(16)のストロークを前記課題が実現されるように調整することが当業者にとって容易であったということはできない。

したがって、本件特許発明は、甲第1号証及び甲第2号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとすることができないので、請求人の上記主張は採用することができない。

Ⅳ. 以上のとおりであるから、請求人が主張する理由及び提出した証拠方法によっては、本件特許を無効とすることはできない。

よって、結論のとおり審決する。

平成5年6月10日

審判長 特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

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